先日、PR TIMES STORYにて、弊社のインタビュー記事が公開されました。
タイトルは「『脱皮できない蛇は死ぬ』 —AI時代に向き合うデジックが 約40年の歩みで培った変化への姿勢—」です。
記事内では、弊社が札幌を拠点に約40年間、どのように時代の波を乗り越え、現在の「AI活用支援」に至ったのか、代表の中村が熱く語っています。まだお読みでない方は、ぜひ本編をご一読ください!
(▼本編はこちらから)
https://prtimes.jp/story/detail/roljGjUv4Wb
さて、今回のブログでは、PR TIMESの本編には泣く泣く入りきらなかった「インタビューの裏話・未公開エピソード」を特別にお届けします。本編をより深く楽しんでいただけるエピソードが満載です。
1. 「起業=ドロップアウト」と呼ばれた時代からの挑戦
本編では「逆境を乗り越えてきた原点」について触れていますが、実は中村のキャリアのスタートは、当時3,000人以上を擁する大手企業でした。
現代であれば「起業する」といえば、「新しいチャレンジだね!」と前向きに応援されるのが当たり前です。しかし、中村が独立を決意した当時は全く違う空気が流れていました。
大企業を辞めることは「なんで辞めるの?」と冷ややかに見られ、起業というよりは「ドロップアウト」と呼ばれるような時代だったそうです。それでも、コンピューター業界が社会を根本から変えるという強い確信に従い、中村は安定を捨てて自らの道を切り拓きました。
2. 幻となった「国民総背番号制」と、漢字入力の先見の明
デジックはデータ入力事業からスタートしていますが、ここにも驚きの裏話があります。
現在の「マイナンバー」の前身にあたる「国民総背番号制」という構想が、実は今から40~50年近く前(1968年頃)に持ち上がっていました。当時のデータ入力はまだ「カタカナ」しか対応していなかったため、中村は「これからは絶対に漢字の時代になる」と見据え、いち早く漢字入力の会社を立ち上げたのです。
結果的に、当時の国民総背番号制は反対勢力の声に政府が負ける形で頓挫してしまいましたが、「あの時そのまま進んでいたら、消えた年金問題はなかったかもしれない」と、当時の熱量と社会のうねりを振り返る場面もありました。
3. 「君子豹変す」——韓国で出会ったクリスタルの置物
本編の見出しにもなっている「脱皮できない蛇は死ぬ」という言葉。これに加えて、中村がもう一つ大切にしている言葉が「君子豹変す(くんしひょうへんす)」です。
「優れた人物は、状況の変化に応じて、より良い方向へ鮮やかに自らを変えていく」という意味を持つこの言葉は、まさに時代に合わせて事業の形を変え続けてきたデジックの姿勢そのものです。
インタビュー中、この言葉について語る中村の傍らには、韓国で購入したという見事な「豹(ヒョウ)」のクリスタルの置物がありました。中村自身、「このクリスタルをなるべく目につくところに置き、それを見て『ちゃんと豹変しなきゃいけないな』と常に自らを戒めている」と語っていました。その輝きは、変化を恐れず常に自らをアップデートし続ける、中村の覚悟を物語っているようでした。
いかがでしたでしょうか?
逆境の時代や幻のプロジェクト、そして数々の決断を経て、現在のデジックがあります。
本編の記事では、そうした歴史の上に立つ私たちが、これから「AI時代」の地域企業にどう伴走していくのか、そのビジョンを詳しくお伝えしています。
裏話を読んで少しでも興味を持っていただけた方は、ぜひPR TIMESのストーリー本編をご覧ください!
▼PR TIMES STORY 本編はこちら
【「脱皮できない蛇は死ぬ」 —AI時代に向き合うデジックが 約40年の歩みで培った変化への姿勢—】
https://prtimes.jp/story/detail/roljGjUv4Wb
